梅田望夫さんのインタビューにゆっくり反応(4)-3

日本のWebは「残念」 梅田望夫さんに聞く(前編) (1/3) - ITmedia NEWS
Web、はてな、将棋への思い 梅田望夫さんに聞く(後編) (1/3) - ITmedia NEWS
棋聖戦第一局の観戦記を書きに行ってきます。 - My Life Between Silicon Valley and Japan
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日本のweb文化に残念なところがあるとすれば、それは、知的な専門家の参加が少ないこと以上に、web空間がネガティブな方向に傾きやすいことではないか、というのが前回の話。
では、どうすれば、ネガティブな心性に押し流されることなく、webで継続的に、知的な討議ができるようになるのか、について。
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web全体をネガコメからすくう、というのは規模が大きすぎて無理な話。ただ、はてなのサービスとそのユーザならば、ネガティブな傾向を回避しながら、いわゆる知的な議論を続けていくことが可能なんじゃないか。長くはてなのサービスを使っているうちに、自分はそういうふうに思うようになった。
いくつかアイデアがあります。聞いてください。
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妙な話だと思うかもしれませんが、部分的に2ちゃんねるのシステムを参考にしながら、はてなのサービスを構築し直すと、かなり知的な議論がしやすいwebサービスになるのではないかと思います。
極端な話、はてなのユーザだけが利用する2ちゃんねる掲示板があったとすると(名無し、ではなくはてなのユーザ名が発言者名として出る)、これは案外、有効に機能するんじゃないかと思います。
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2ちゃんねる掲示板について。
2ちゃんねる、というと、混沌とカオスの巣窟、というイメージがあるかもしれない。しかし、数年前まで(たぶん今でも?)2ちゃんねるの、特に専門板では、知的な議論がけっこう行われていた。
この種の専門的な議論がある掲示板で有名なのは、http://www.ichigobbs.net/economy/index.html、がある。
2ちゃんねるのシステムはよくできていて、全員が同じ名無しであることによって、平等主義的な心性を満足させながら、自信のある人はコテハンを名乗ることで差別化を図る。
さらに、議論をする場所が、だれかの所有物ではなく、中立的な場所、スレであることによって、同じテーマに集うスレの参加者にふしぎな「仲間意識」を感じさせ、それがスレの内容の秩序維持に役立つ、という仕組みがあった。
平等主義的な心性や、いい意味でも悪い意味でも、群れたがる心性。そういったものは、日本のwebユーザの多くが抱えている。そういう心性は、場合によっては議論の足を引っ張りがちだけど、2ちゃんねる掲示板はいい面を引き出すことに(部分的ながら)成功していた。
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具体的に。これが梅田さんを憤激させた、水村美苗さんの本の紹介ページの、はてなユーザのコメント。
はてなブックマーク - 水村美苗「日本語が亡びるとき」は、すべての日本人がいま読むべき本だと思う。 - My Life Between Silicon Valley and Japan
いつも不思議に思うのは、はてなのユーザは個々で見ると、けっこう頭のよさそうな人が多いのに、なぜ全体的に見ると、こんなにもカオスなのか、ということ。
ここで想像してみる。たとえば、このページがいくつかのテーマに分かれた2ちゃんねる掲示板だったらどうか。各スレッドのタイトルによって、きちんと本を読んだ人しか書き込めないような表題をもつスレ(『日本語が亡びるとき』最終章の議論の○○について、とか)、あるいは脊髄反射的に食いつきのいいタイトルをもつスレ、なんかに分かれる。
こういうふうに、まじめに議論したい人と、反射的に思ったことをちょっと書き込んでみたい人をうまく動線で分けてやるだけで、かなり見やすくなるはず。
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ユーザは、まず各スレッドの表示タイトルを見て、興味のあるスレに移動するので、自然と、それぞれのスレごとに似た傾向をもつユーザが集いやすくなる。2ちゃんねる掲示板がカオスを低減させるのに成功している、最大の理由はそこにある。
たぶん、はてブネガコメ問題も、ネガコメ自体を禁止する、取り締まるのではなく、別のページに移動させる、というやり方の方がうまい解決になると思う。
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他にも、ブクマ一覧のページが混沌度を減らすために、2ちゃんねるを参考にできるポイントがいくつかある。
1つは、ブクマユーザは、自分の管理するブクマのページにコメントを書きこんだつもりでいて、ブクマ一覧のページに書きこむ、という意識が薄いこと。これは、私用のページなんだから何を書いてもいいんだ、という気持ちになりがちで、コメントが荒れやすくなる。ブクマ一覧がはてなの表看板であることを意識させるような設計にするか、ブクマ一覧がはてなから貸与された公共の場所である、という意識をもたせるか。あるいは、他の策もあるかもしれない。
ブクマのコメントが個々ばらばらになされて、同じページにコメントを書いたユーザ同士、仲間意識をもちにくい、というのも、コメントが荒れる原因かもしれない。
これも、実際にどういうふうに設計を変えればいいのか、具体的には指摘しづらいけれど、いろいろと改善のやり方はありそう。
などなど。長くなるので省略。
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はてなのサービス全体に感じることだけど、個人個人がばらばらに存在しすぎていて、コミュニティとしての存在感が薄い、という問題はあるかもしれない。まあ、ブログってのは、もともとそんなものだ、という見解はあるだろうけど。
たとえば、ブログが炎上したときでも、ブログ主個人がその炎上に立ち向かわなければいけないわけで、これは心理的に負担が重い。2ちゃんねる型のスレッドであれば、スレを荒らすやつが出てくれば、参加者が一丸となって荒らしを追い出す、という道がある。
コミュニティ意識は個人を束縛する面もあってうっとうしいものではあるけれど、上手に利用すれば、混沌を減らすうまい手助けになってくれると思う。
たとえば、はてなダイアリー同士で気の合うもの同士が集まって、ブログクラスタを作り上げ、ブログのコメント欄や、ブクマのコメント欄は、このクラスタの構成員の管理下に置く、というやり方もあるかもしれない。
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この一連のエントリを書いているうちに、あれこれと思うところがあって、もう少し大きな結論を書きたくなりました。
次で、このシリーズ終了です。続く。